2014年9月21日日曜日

大喜利PHPの話

大喜利PHP」という所がある。

このブログを見に来てくださる方々には言わずもがなだと思うけれど、ネット大喜利の場を提供しているWebサイトで、データベースや補助ツールが充実しており、参加者が色々楽しめるようシステムが作りこまれている。

一番の特徴は投稿時間と投票時間が基本的には3分ずつしかない、という点だと思われ、参加者にとってネタを考える時間が短い、いわゆる「短考型」の筆頭だろう。

僕はずっと、大喜利PHPとは反対側にある「長考型」のネット大喜利サイトで遊んできた。ボケ天も、ネタボケライフも、ぼけおめも、ネタを考える時間が数時間~数日は与えられ、幾つもネタを考えてどれを投稿するか決めたり、一度考えたネタをしばらく時間が経ってから見直したりすることが可能だ。長考できるからといって参加者全員がネタづくりに時間をかけているとは限らないけれど、実際に使う時間は短かったとしても好きなタイミングで思考できるので、期間を限定された短考とは異なる。

短考型よりも長考型のほうが良質なネタが揃っている、という視点は、間違いではないと思う。ただそれはレベルの差ではなく、ルールの差だ。何事も、費やす時間の長さに比例して、良いものができる確率は高まる。3分で絵を描く場合と、3日で絵を描く場合とでは、自ずと完成品の質に差が出る。ルール上、大喜利PHPでは、良質なネタが揃いにくくなっている、という話だ。

2014年の4月に、初めて大喜利PHPをやってみたときに一番強く思ったのは、「何でこれが上位なんだよ」とか、「こんな単純なネタばっかりなのかよ」といったことだ。それは、参加以前に少し様子を眺めていたときも思ったことでもある。

時間が短すぎて、ただ単にお題に沿うだけのことや苦し紛れに何かを書くことに精一杯で、短絡的で捻りのないネタが多くなってしまっている。長考型のネット大喜利サイトだったらまず最初に切り捨てられるような発想や表現が、平気で跋扈している。自分のネタに対する結果・反応がすぐに出ること、回転の速さ、手軽さなどは魅力的だけれど、面白いネタに出逢いたい、面白いネタをつくりたい、と思ったら、どうにも確率が悪く向いていないように感じる。

しかし、4月から参加してみて、昨晩「OOGIRI CLIMAX SERIES 13」という大喜利PHPの大会に出場してみて、感動させられることも少なくなかった。よくぞ3分でこんなすごいネタを、と思わせられることが、何度もあった。

瞬間的な発想や表現に確かな切れ味があるもの、すべてを突き破るような勢いがあるもの、お題を提示されてから僅かな時間の中で驚くほど遠くまで思考が到達していることが分かる洗練されたもの。プロ棋士の将棋で、残り時間がなくなって秒読みになったときに出る鬼手のような凄みを感じるネタが、幾つもあった。大袈裟に言えば、人間の凄さを感じた。

思い出したのは、『ダイの大冒険』に出てくる魔法使い・ポップだ。作中メインキャラで唯一の一般人であるポップは、序盤こそはヘタレだが、どんどん成長し、最後は勇者であるダイや敵の大魔王にすら肩を並べる大魔導士になる。

そのポップが、最終決戦の場で発したのが、下記の台詞だ。

「残りの人生が50年だって5分だって同じ事だっ!!! 一瞬…!! だけど… 閃光のように…!!! まぶしく燃えて生き抜いてやる!!! それがおれたち人間の生き方だっ!!!」

長考だろうが、短考だろうが、若者だろうが、老人だろうが、関係はない。与えられた時間の中で考え抜き、閃光のように輝き燃えるネタをつくる。それでいいじゃないか、と思った。

いつか僕も、大喜利PHPで、輝きたい。

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